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悪魔の放射線治療とドナーカード

 

私の患者さんで,食道がんの術後に局所再発(同じところに再発することです)と肺転移の人がいました.

もともと,その手術の影響でなかなか食事がとれず,やせてしまっていました.

病状説明して,抗剤をすることになりました.

もともと食欲不振がありますから,あまり賛成できませんとは言ったのですが,患者さんからすると,やってみたい,というお気持ちもわかりますから尊重します.

そして,投与したのですが...

吐き気はありませんでした.

でも.食欲不振のため,本人から「もういやだ」といわれました.

別の抗癌剤もあるのですが,それもいやだ,と言うことでした.

なので,あとは,身体や精神的苦痛に対するアプローチをする,ということになります.

そんな中,患者さんから言われました.

「先生.僕は先生にこれをお願いしたいんです.家族に持たせておいても,役に立ててくれるかどうかわからない.僕は先生を信頼して,これを預けます.せめて誰かの役に立ちたいんです.」

それは,臓器移植のドナーカードでした.

わたしは,涙が出そうでした.

だって,がん患者さんは臓器移植のドナーには基本的になれません...

わたしは言いました.

だめなのよ...がんがない肝臓や膵臓を,って言いたいんでしょ?
でもね.目に見えない転移があるかもしれないから,基本的にはがん患者はドナーになれないんです.
可能性があるとしたら,角膜かな.これについては問い合わせを致します.

患者さんは言いました.
アイバンクにも登録してあるので,可能と言う返事だったらカードを先生に預けるから教えてください.

アイバンクは大丈夫だったので,カードを預かりました.

 

 

それから数ヶ月.穏やかな時間が過ぎていきました.

 

そのうち,通過障害が強くなってきたのですが,割と若い人だったので,中心静脈ポートに自分で輸液をつないでお家で過ごしていました.輸液も1本で,つないでいない時間のほうが多いようにしていました

 

ある日,息苦しい,と言ったので,CTを撮影しました.

すると,気管が右左に分かれる分岐部の直上に,後ろ側から腫瘍が張り出していました.

 

これ...大きくなったらそのまま閉塞しちゃうね...

そうすると,息が出来なくなってしまうね...

 

患者さんと話し合い,その部分【だけ】に放射線を当ててもらうことにしました.

もちろん,放射線治療しても効かないかもしれません.

でも.患者さんはあと1ヶ月だけ何とか生きていたかったんです.

息子さんの結婚式に出たかったから.

 

わたしは,放射線治療の依頼をしました.

その部分【だけ】にあててくれるようにと書いていました.

 

そして,放射線治療が終わってちょうど結婚式で,よかった,と安心していたら

呼吸困難で患者さんが外来に来ました.

あわてて入院させました.肺炎だったんです.

しかも.気管の後ろ側の膜様部というところが,リンパ節転移した腫瘍に取り囲まれていたのですが
そこに穴が開いて,一気に気管に壊死した腫瘍が流れ込んだための肺炎でした.

わたしは,最初,これは,自然経過だと思っていました.
だって,わたしたちは,気管分岐部直上の,内腔に顔を出した部分にだけピンポイントで放射線照射してほしい,という依頼をしたんです.

その日の夕方,放射線治療医に挨拶に行きました.
患者さんが入院したこと,息子さんの結婚式には出られたことを言って,お礼を言いました.

 

ところが.放射線治療医は,満面の笑みを浮かべて,まったく予想外のことを言いました.

「そうか.治療効果があったといことだ!」

わたしは,驚きましたが,カルテを見直さないとここから先は反論できません.
記憶違いかもしれないからです.
なので,紹介状や,カルテを見直して,わたしも患者も,その部分にピンポイントに照射することしか依頼していないが,放射線治療計画をみると,縦隔に広範囲に当たっているということを確認しました.

 

一体どういうことですか???

もう一度,放射線治療医のところに行きました.

わたしたちは,そんなことお願いしていません.気管膜様部がどんなに弱いかご存知でしょう?そこを含む範囲に照射するのであれば,穴が開いたときに壊死した腫瘍が気管にダイレクトに入り,致死的な肺炎を起こす可能性があることを,説明しておかねばならない.
なのに,一切何の説明もしていないまま,どうしてこんなことをするのか?

放射線治療医:そんなこと言われてもね,この腫瘍をほっとくなんて腫瘍医としてはできない,捨て置けないよ.

私:何を言ってるんですか?じゃあ,そこの腫瘍を放射線でコントロールしたら,患者は死なないわけですか?何をゴールに治療計画を立ててるんですか?それにしても,患者に何も説明せず,どうして勝手なことが出来るんですか?

放射線治療医:わたしたちは,医師なんだ.腫瘍医は腫瘍と戦うのが仕事だ.

私:戦う主体は先生ではなく,患者です.望んでいなかった部位に勝手に放射線当てられて,その結果,自然経過なのか放射線の有害事象なのかわからない事態で致死的な肺炎に瀕している.先生が勝手なことをしなければ,がんの自然経過ということで,誰も傷つかなかったわけですよ?それを,勝手なことしておいて,腫瘍医は腫瘍と戦うのが当たり前,捨て置けないって,一体どんな感性してるんですか?だったらそんな感性をしているってことを,公言してから患者に選んでもらうべきです.治療を選択する主体はあくまでも患者ですよ.先生じゃない.

 

こうして,わたしたちの議論は平行線をたどるだけでした.

70歳過ぎた偉い医師の考えてることなんて,わたしには判りません.

わたしは,患者さんに本当のことを言おうかどうしようか,迷いました.

傷つけたくない...

 

でも.患者さんの奥さんと話し合って,お伝えするかどうかは,わたしの判断に委ねられることとなりました.

 

ベッドサイドに行きました.

わたしは,本当のことを言いました.

こんな全身状態のときに,辛い話をしないといけないのは申し訳ないけど,今の状態が自然経過なのかどうかわからなくなってしまった,と.

患者さんは,こういいました.

確かに,あそこの部分にしか当てないって話だったのに,どうしてこんなことになったのか,言いたいことはあるけど.先生がそうやって言ってくれたからもういいよ.ところで僕はあとどれくらい生きられるの?1年?

 

わたしは,こっそりと,病院の1階の人があまり出入りしない廊下で,患者さんが一番会いたかった「犬」と面会させました.

それから2日後,亡くなりました.

 

どうしてもっと,患者さんの思いを大切にしてくれないのかって

思ってしまいます.

 

亡くなった後,わたしは,まだ混乱している家族に向かって言いました.

患者さんのご希望により,アイバンクに連絡します,と.

 

彼の角膜は,2人の目に移植されて

今日の青空を眺めていることでしょう.

 

 

 

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