新宿ミネルバクリニック

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院長の経歴・所属学会・保有資格の紹介

院長 仲田洋美

初めまして。仲田洋美(なかたひろみ) と申します。

日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医として従事しております。

平成7年、血液・呼吸器内科医として医師人生をスタートし、腫瘍性疾患の化学療法医としての経験を活かして臓器横断型腫瘍内科医に転向しましたが、臓器を限定せず診療すると「遺伝性腫瘍」に遭遇する機会が増加し、扱う専門家が殆どいないことに驚き、遺伝専門医となることを決意しました。

終末期に向かってどのように生きるかということは、大変重要な課題です。正解のない問題だからこそ、きちんと話し合える環境をつくることが一番大切だと思います。
今回、新たな決意とともに多くの方々のご指導を賜り、開業の運びとなりました。
「遺伝子から終末期まで」「今日の先進医療、明日の地域医療」「地域にこそ専門医」をコンセプトに、皆様のお役にたてる医療機関に成長していきたいと存じます。
今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

院長経歴

  • 高知医科大学医学部医学科卒業
  • 高知医科大学医学部第三内科学教室(血液・呼吸器・感染症内科学教室)入局
  • 高知医科大学第二外科学教室(心臓血管外科・消化器外科・呼吸器外科・乳腺外科)入局
  • 高知医科大学第二外科学教室助教
  • 兵庫医科大学医学部付属病院臨床遺伝部

など

  • 新宿ミネルバクリニック開院

所属学会

専門医・認定医・その他

  • 日本内科学会認定内科専門医
  • 日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医
  • 臨床遺伝専門医制度委員会認定臨床遺伝専門医
  • 日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア指導医
  • 麻酔科標榜医
  • ICD制度協議会認定インフェクションコントロールドクター
  • 日本化学療法学会認定抗菌化学療法認定医
  • 日本癌治療学会認定がん治療認定医

活動報告

2013年8月 日本臨床腫瘍学会学術集会において会長シンポジウムの講師を務める。
同年、日経BP社より出版された「がん診療 UP TO DATE」の分担執筆者を務める
2014年5月 日経メディカルオンラインに,、執筆者リレーエッセイを寄稿。

ヒポクラテスの木

ヒポクラテスの木

院長・スタッフ紹介

高知医科大学医学部医学科6年生のころ。臨床実習中に、友人が撮影したものです。後ろには、ヒポクラテスの木。
医学の祖、ヒポクラテス(紀元前460-375)は、エーゲ海のコス島で生まれました。コス市には樹齢3000年と言われる大きなプラタナスの樹があるのですが、ヒポクラテスがこの樹木の下で医学セミナーを開いたことから人々がこの大樹を医学のシンボルとみなして、「ヒポクラテスの木」と呼ぶようになりました。その若木が広く世界中に植樹されています。
この木はプラタナスという名前の木で、私たちを教育してくれた先生たちの思いがプラタナスに込められています。卒業して20年が経過しやっと理解できるようになりました。
プラタナスの木にふざけて聴診器をあてたりした学生時代には戻れませんが、大学時代、無邪気に幸せに育んでいただいたからこそ、医師になってからいろんな壁に衝突し、数えきれないほどの挫折を経験してもなんとか起き上って、「まだ頑張れる」と自分を信じることが出来たのだと思います。
さまざまな経験をしてきて気が付けば、内科専門医、がん薬物療法専門医、臨床遺伝専門医という3枚の専門医資格を持つ国内唯一の医師となっていました。

しかし、ここがスタートラインです。
がんと遺伝の専門医として、がんの在宅診療体制と遺伝性腫瘍の診療体制の整備に微力ながら尽力していきたいと思います。
ハイヒールでエベレストに登ろうとしている、わたしはそう表現されるくらい難しい道を選択しています。
しかし、困難な課題だからこそ、取り組まねばならない。私はそう思います。素直にそう思えるのも、支援してくださるたくさんの方々がいらっしゃるからなのだと本当に感謝しています。
皆様、プラタナスの木のように、これからもどうぞ、このお転婆で天然な専門医を見守ってくださいますようお願い申し上げます。
なお、ミネルバという名前に込めた思いがあるのですが、医業広告規制に抵触する可能性があるためホームページでお伝えできませんが常に患者さんのために課題解決をしていきたいと思います。

患者さんとの出会い

患者さんとの出会い

ある一人の患者さんとの出会いで、がんの在宅診療体制が如何に必要であるかを考えさせられました。

その患者さんは認知症で、入院するとせん妄と呼ばれる症状を引き起こすため、地元の公的病院から入院加療を断られてしまいました。

ある日、わたしのアルバイト先に、患者さんの奥さんが「本人が痛くてずっと眠れない状態で、付き添っている自分も倒れそうであるため自分に、睡眠薬を処方してほしい」という相談を電話で受けました。すぐに来てもらい、奥さんから聞き取りをするとお薬は、ほかの医師から処方されていました。患者さんが処方されていた薬は適切に使用しなければ効果は得られず吐き気などの副作用だけあるもので案の定副作用が出ている状態でした。

大変衝撃を受けた私は「私たち専門医は、大病院にいるだけでいいのか?地域にこそ専門医が必要なのではないか?」と考えるようになり、そのまま患者宅に必要な薬を持って向かいました。ベッドに置かれたオーバーテーブルに突っ伏して唸っている状態で、少しでも体制を変えると激痛が走りこのまま動けないとのことでした。

すぐ効くタイプの麻薬を必要な量飲んでもらうと、動けるようになり、歩けるようになり、患者さんは私にこういって手を合わせました。「先生が神様に見える。ありがとう。」それから、入院加療可能な病院を探しましたが、やはり受け入れてくれる病院は見つからず、在宅で診療することとなりました。

いろんな思いが詰まった我が家で過ごす。受け入れてくれる病院がないということから、消極的な気持ちで選択したことでしたが、結果としてはとてもよかったと思っています。
今でも、奥さんは、お仏壇の前にわたしと患者さんの家族で撮った写真を飾って、毎日話しかけているそうです。

こうやって、医師と患者と家族は、ずっとつながることができる。私はそう感じています。
「身内が癌になったことは辛かったけど、先生に会えてよかった。先生と出会えたことがこれから生きていく励みになる。」多くの方々にそういっていただけること。
それがわたしの勲章です。

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