新宿ミネルバクリニック

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当院のコンセプト

当院のコンセプト

当院のコンセプト

「遺伝子から終末期まで」「今日の先進医療、明日の地域医療」「地域にこそ専門医」をコンセプトに、皆様のお役にたてる医療機関に成長していきたいと存じます。

遺伝子から終末期まで

内科専門医、がん薬物療法専門医、臨床遺伝専門医として、遺伝子診療から終末期医療まで幅広く専門的な診療をご提供いたします。

今日の先進医療、明日の地域医療

先進医療は、近い将来、一般化して地域医療となるものです。遺伝子診療は現在大病院しか提供できていませんが、遺伝に関連する問題は多くの方がお持ちです。大病院でしか相談できないというハードルを下げたいと考えています。仕事のため昼間に受診できない、という方々の為に、当院では夜間診療を完全予約制でお受けします。

地域にこそ専門医

みなさまが病院から安心して居住地域に帰れるよう、病院と同じような診療体制を専門医として整えたいと思います。

必要なことは不採算でも行う

がんの専門医としてのこれまでの経験から、必要なことは、たとえ報酬が得られなくてもすべきではないか、当院ではそう考えています。

当院の基本理念

当院のコンセプト

当院は、がん対策基本法を現場で実践するということを基本理念に掲げて開設いたしました。

開設者である院長が、がん対策基本法の理念であるがん治療の均填化(全国どこでも同じ医療が受けられるように均質な医療を提供することを意味しています)を現場で実現する医療職を養成するため2008年度より全国各地に設置された医学部医学科大学院コースであるがんプロフェッショナル養成コースの1期生であるからです。

がん患者の様々なニーズに、病院だけでは対応できないが、なかなか在宅との連携が難しく、スムースにいかない、本当は慣れ親しんだ環境で過ごしてほしい、という思いがずっとありました。

がんプロとして地域で在宅支援診療所を開設し、受け皿を作ろう、ロールモデルとなるのだ、そう決意しました。

在宅医療に対する想い

在宅医療に対する想い

私の父は、電力会社で、まだ電気が行きわたってなかった頃、鉄塔や電線をどのように引いたら各世帯に電気をあまねく供給できるかという設計をするお仕事をしておりました。父はまさに、電気と言うインフラを整備する一人だったわけです。幼いころより、父は、災害になるといなくなりました。幼いころは大きな台風がよく来ていて、雨戸は閉め停電し水没も珍しくありませんでした。娘が怖い思いをしているのに、出ていく父が私は大嫌いでした。でも、父が大好きでした。

わたしは、毎日学校から帰ったら、父の職場に電話をかけ続けたそうです。何度も電話をかけ、最終的には父の職場に行って、お兄さんたちに遊んでもらって、父が帰ってくるのを待っていました。うっすらと記憶にあります。

ある朝、「眩暈が止まらない。風邪かと思って昨日は早く寝たのだけど。」と父から電話がかかってきました。麻痺がないことなどを確認して、小脳梗塞と考えられるので、救急車を呼んで医療センターに行くように言いました。半日後、私がかけつけた時、父は、ICUにいました。医師が父に挿管(人工呼吸器にのせるため気管に管を入れようとしていたのです)しようとしているところでした。ところがうまくいかなかったので、見るに見かねて「私がかわりましょうか?」と言いました。鮮やかな手つきで挿管した私を見て、医師は「先生は麻酔科医ですね」と言いました。「違います」とだけ答えました。

わたしは、医師になるとき、父に挿管するなんて、夢にも思いませんでした。医師になったことを初めて後悔したかもしれません。

父は結局、広範囲な小脳梗塞でした。広範囲な小脳梗塞は認知症を来します。その上、脳室を挟んだ反対側の延髄の表面にある嚥下中枢をやられる事となる。梗塞した組織が一時的に浮腫(腫れることをいいます)に陥るため、圧迫してしまうからです。父は、麻痺も無く動き回れるが嚥下障害のある認知症患者になるのだ。。。

自分が内科専門医として培った医師としての教養が、父の近未来を予言する。なんてことだ。。。

父は私が思った通りの状態になりました。わたしは、父に胃瘻(PEG)を作って、栄養することを決断しました。生きていてほしかったんです。

でも。家に帰ってきたら、動き回れる嚥下障害のある認知症ですから、冷蔵庫のものをとって食べて気管に詰まらせて窒息するなど容易に想像できました。

わたしは、父を家に帰してあげたかった。私が仕事をやめて家に居たら、喉頭鏡とマギールがあれば、何とか異物は除去できるので父を家に帰せる。でも、それは、一番あたたかく医師としての私を見守り手助けしてくれた父の思いを踏みにじらないと出来ないことでした。元気だったら父は私が医師をやめて父のために家にいることを望んだのだろうか?とてもそうとは思えませんでした。医療センターからリハビリテーション病院に行き、別の療養型 リハビリ病院に転院させました。転院するとき、短時間、家に連れて帰ってきたのですが、父はここはどこだと言いました。

父にとって、家は、わたしが幼いころ育った家だけだったのかもしれません。父は、最終的には精神科閉鎖病棟に入りました。行くといつも、帰る、帰ると言いました。連れて帰ってあげたかった。でも、それは、父が大切にしていたわたしの仕事をやめないといけません。医師は、一度やめたら、それを取り戻すことはなかなか出来ません。迷いながら、仕事を続けました。

ある朝、父の入院先から電話がかかってきました。肺炎が重症化して、思わしくないと。わたしは、父を夫の勤務先に移しました。仕事に行く途中に携帯から電話をして手続きをしました。

しかし。昼ごろ、夫からすぐ来るように連絡が来ました。わたしが到着したとき、夫は父の心臓マッサージをしていました。心電図はフラットに近いものでした。ボスミンを投与し、父の心拍は正常に戻りました。

しかし。。。。

父の心電図モニターは5分後にフラットに。。。。。。。。

ボスミン!!とまた叫びました。

今度は駄目でした。

わたしは、父に心臓マッサージをしました。しばらくして、わたしの手を夫が止めました。みんな泣いていました。

認知症になっても、父は、こんな状態で生きていたくないとはっきり言っていました。あんなにはっきり、こんな状態(家にも帰れず、飲み食いできない)で生きていたくないと言ってた父にわたしは、動転して蘇生術をフルコースしてしまいました。。。。。。今でもとても後悔しています。父は、生きていたくなかったんですよね。引き留められるはずがなかったんです。

娘である私の手から、父はこぼれて行きました。そして、遺族となり、わたしは人が死ぬと言う事がどういう事かを思い知らされました。だから、わたしは、世の父と娘に、いいえ、世のすべての家族に終末期をどう生きるか、どう支援するかと言う哲学的な内容を問いかける医師となりました。

研修医のころから、悪性疾患を担当することがほとんどだったため、たくさんの患者を見送ってきたわたしが父の死を前にしてどれほど無力だったかを考えると、医師が、患者を家族ごと支えねばならないという考えにたどり着いたのです。父はわたしにそれを教えて亡くなりました。

覚悟しても無駄よ。覚悟なんてしても押し寄せる現実にかなわない。覚悟なんてしなくていいの。ただただ、今日生きていることを大切に過ごしてほしいの。あなたがどうしたいかをおしえてくれたら、それを頑張って実現しようと努力する。最期まであなたがあなたらしく生きる、それにわたしは伴走する。わたしは、そのための専門医なのです。あなたの希望が、死にたくないと言う事であれば、叶えてあげられない。でも、それ以外の事であれば、 どうやって少しでも実現できるか、わたしなりに考えます。だから、絶望しないで、一緒に生きよう。

わたしの言葉の中に、父がいます。こうして、人は、死んでも生きているんです。今でも、父の話をすると涙が出ます。

お父さん、心臓マッサージまでしてしまって、ごめんね。倒れる前、最後に元気なお父さんと話をした時、これが最後だと知っていたら大好きだと言いたかった。

いつか、そう言いたい。

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訪問診療 9:00 ~ 12:00
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休診 土曜・日曜・祝日

当院の基本理念

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  • 遺伝相談外来
  • 緩和ケア内科
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  • 在宅緩和ケア

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